~阿嘉島臨海研究所 所長 大森信さん
■「時代がサンゴ保全を必要にした。」
沖縄本島の西約40キロに浮かぶ人口300人の小さな観光の島・阿嘉島(あかじま)。サンゴが世界的な減少危機に直面する中、この阿嘉島のサンゴの状況も決して良好とは言えない。しかし、同時に阿嘉島は、サンゴ保全・養殖技術を世界に向けて発信している島でもある。その理由は世界的なサンゴ研究者の一人、大森信さん(阿嘉島臨海研究所・所長)の存在だ。

大森さんは大阪府出身。北海道大学水産学部卒業後、ワシントン大学や東京大学などの海洋研究機関に所属、その後東京水産大学教授を経て20年前、阿嘉島臨海研究所の所長となった。現在は東京と阿嘉島を行き来しながら、サンゴ保全の研究・実践に取り組む。

大森さんがサンゴの研究を始めたのは今から約30年前。きっかけは北大時代の恩師・元田茂教授がサンゴ研究を行っていたパラオ熱帯生物研究所(コロール島・パラオ共和国:日本学術振興会が1934年に設立。)の存在。のちに太平洋戦争がこの研究所を閉鎖させることになるが、大森さんはその研究所の遺志を継いだと言っても過言ではないようだ。
阿嘉島の海底がサンゴに覆われていた当時、大森さんをはじめとする研究者の間にはサンゴ保全という概念はなく、造礁サンゴの分類・生態解明などの基礎研究が主だった。しかし、その後の経済成長や海洋レジャーの発達により、人間はさまざまな形で海へと進出。
「時代がサンゴを壊し、そしてサンゴ保全が必要な新しい時代になった。そのとき、これまで自分たちが培ってきたサンゴの基礎研究が役に立ったんです。」
■サンゴ養殖技術の先にあるもの。
大森さんらのサンゴ養殖の新技術はおおむね次のようなものだ。
1.サンゴの産卵日を予測して、卵を採取。その後、稚サンゴに育てる。
2.稚サンゴは藻に覆われたり魚に突つかれると死んでしまう。よって、育った稚サンゴを「サンゴは食べないが、藻を食べて掃除してくれる」タカセガイの稚貝と一緒に海中のカゴ内で養殖する。
3.一定の大きさに育ったサンゴを自然の海底に移植する。
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(写真:大森さんに協力してサンゴを移植する阿嘉島のダイバーたち)
豊富な基礎研究データを持つ者たちが考案した新技術。彼らの技術が今後、世界のサンゴを少なからず救っていくに違いない。しかし、大森さんは既にそうしたサンゴ養殖技術の先にあるものを見据えている。それは、「資源保全型観光事業」の実践だ。
大森さんの脳裏にあるのは1960年代の静岡県駿河湾のさくらえび漁に関わるストーリー。当時の駿河湾周辺の漁協関係者がそれまでの無秩序な操業を止めて漁獲制限を設け、またプール制を導入して漁獲利益を平等に分配することにより、資源(さくらえび)を保全しながら持続可能な漁業システムを作っていった実例である。
実は大森さんは当時、海洋研究者としてこのさくらえび漁師たちの成功を支えたリーダー的存在だった。同じ時期、駿河湾への工場排水でさくらえびの資源量を減らしていた製紙会社との「ヘドロ闘争」でも、地元漁業者たちの先頭に立って戦った張本人でもある。
「漁業と観光業の違いこそあれ、サンゴもさくらえびのケースと一緒。阿嘉島をはじめ沖縄には今、サンゴやそこに棲む熱帯魚を見に来る観光客がたくさん来る。しかし、なくなったらもう来てくれないかも知れない。」
「地元住民はサンゴが自分たちの『生きていく糧』であることをしっかり認識すべきでしょう。その資源を守り・育てながら持続可能な観光事業を営んでいく必要があります。」

研究所を訪問してくる観光客にも、時間の許す限り丁寧に対応する大森さん。サンゴ保全のためには、草の根的な教育・啓蒙活動が大切であることも十分理解しているからだ。
■サンゴを守って幸せな島に。
阿嘉島に来た当時は、島の子供にサンゴの産卵の話をすると、「『石』が卵生むんか?」と言われたそうだ。サンゴに囲まれて育った島の人々にとっては、サンゴは貴重な観光資源というより、むしろ『石』だったようだ。船を陸揚げするときには邪魔になり、釣りをしようと海に脚を入れればすり傷ができる。当時の時代背景からしてみれば、無理もない話である。

(写真:日課の朝のジョギング中の大森さん。その目的は意外にも海ではなく、大好きな山登りのため。過去にはエベレストの7100m地点まで登った経験を持つ。)
「この20年で、サンゴを求めて沖縄に来る観光客は劇的に増加し、サンゴを取り巻く環境は悪化の一途を辿りました。しかしその結果、地元の人のサンゴに対する考え方もだいぶ変わってきました。」
サンゴは全世界の海底のわずか0.2%を覆う存在に過ぎない。しかし、海洋生物の種類の実に25%がそのサンゴ海域に暮らすといわれる。そして、そこで育つ魚たちを捕り、売り、食し、サンゴを観光資源として活用する我々人間。
「次に必要なのは『行動』だと思います。地域住民皆が自然資源と人間の利益のバランスを考え・戦ったあの「さくらえび」のストーリーを、沖縄でも起こしたい。」
「島の人たちがサンゴを守ることで、この先もお客さんが島にサンゴを見に来てくれる。そして、島の人はきっと幸せになれるはず。今、沖縄のサンゴを取り巻く状況は悪いですが、自分は絶望してはいませんよ。」

サンゴが直接的・間接的に人間社会を支えていることを熟知する大森さんのサンゴ保全への想い。その想いをどんなかたちで持続的発展可能な沖縄観光経済へと適用していくべきなのか。地元住民と観光客双方が『行動』しなければならない時期がもう始まっている。
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大森 信 (おおもり まこと)阿嘉島臨海研究所 所長
研究所HP:http://www.amsl.or.jp
水中写真提供:木舩 征良/MARINE LINK FOR DIVERS
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(取材・文・写真:大矢正史/沖縄ライフスタイル)